相続税対策だけが相続対策ではない
一口に相続対策といっても大きく分けて3種類あります。
相続財産をもめずに分けるための遺産分割対策、相続税がかかる場合の納税資金対策、そして税額を減らすための相続税対策です。
いずれも大切ですが、特定の対策を極端に優先すると、他の対策がうまくいかなくなる場合があります。
中でも目立つのが、相続税の節税を優先するあまり遺産分割が不公平になったり、親の手元資金が不足したりするといった場合です。
相続税対策だけを考えた結果…
東京都の会社員坂井武さんは母親と同居しています。
母親は元気ですが、最近「相続税が大変だ」と良く耳にするので、自身の相続人となる武さんと娘の舞さん(結婚して昨年購入した横浜の家に住んでいる)には、
税金の心配はかけたくないと思っていました。
そんな矢先不慮の事故により母親が急死しました。
母親の財産は相続税評価額4000万円の自宅と金融資産は2800万円で計6800万円です。
これに対して基礎控除は4200万円(3000万円+600万円×法定相続人2人)。
相続財産が2600万円上回るので、相続税がかかることになります。
ただ、武さんは母と同居しており、武さんが自宅を相続すれば、小規模宅地の特例が利用出来るので、80パーセント減となるため自宅の評価額は800万円にできます。
金融資産と合わせても3600万円と基礎控除を下回り、税金はかからないことになります。
そこで武さんは、「自分が自宅を相続し金融資産のうち1800万円を舞に相続してもらおう」と提案しました。
「自分の相続分は自宅800万円に金融資産1000万円を加えた1800万円。舞は金融資産1800万円を相続するから、平等だろう?」と舞さんを説得しています。
ところが、舞さんは、「兄さんは5000万円分(自宅4000万円と金融資産1000万円)を相続するのに、自分は1800万円で不公平だ」と怒っています。
武さんは「オレが同居していたから小規模宅地の特例が利用出来るんだ。逆にありがたいと思ってくれないと!」と反論しましたが、舞さんは聞き入れません。
このように相続税対策を中心に考えていると遺産分割で揉める可能性があるのです。
武さん兄弟が、全ての財産を均等に相続するとどうなるでしょうか。
親の自宅を共有で相続すると、小規模宅地の評価減の特例を使えるのは、武さんが相続する分(2000万円分)に限定されます。
舞さんは持ち家があるため、特例を使えません。
相続財産は400万円(武さんの相続した自宅の特例使用後の評価額)+2000万円(舞さんの相続した自宅の評価額)+2800万円(金融資産)=5200万円となります。
この分割方法になると基礎控除以上の評価額になる為、相続税が発生する上に、自宅の土地も共有となり、仮にどちらかが売却をしたいと言ってもお互いに合意をしないと売ることが出来ないので、トラブルに発展する可能性があります。
結局この2人は調停まで話が進んでしまうことになったのです。
相続税評価額≠遺産分割の価値
この事例でのポイントは土地の価格の考え方です。
武さんは小規模宅地の特例適用後の評価額で遺産分割を計算していたところが問題でした。
遺産分割の計算をする上ではあくまでも土地の価格は時価になります。
ですから、舞さんの主張が通ってしまうのです。
さらに申し上げると、舞さんが主張している土地の価格も小規模宅地の特例適用前の相続税評価額なので、時価はもっと高い可能性すらあります。
従いまして、この坂井家の相続は自宅の価値が高すぎるため、平等な相続は難しいのです。
しかしこれを事前にわかっていて話し合いが出来れば、揉めることはなかったかもしれません。